いつから今のお墓の形になったの?
お墓参りに行くと、縦長の墓石が建っている光景をよく見かけます。
実は、私たちが普段目にしているお墓の形は、昔からずっと同じだったわけではありません。
今回は「今のお墓の形はいつからあるの?」という疑問についてご紹介します。
昔のお墓は今とは違った
現在よく見られるお墓は、
- 竿石(さおいし)
- 台石
- 芝台
などを重ねた「和型墓石」と呼ばれる形です。
しかし、鎌倉時代や室町時代には、五輪塔(ごりんとう)や宝篋印塔(ほうきょういんとう)など、供養塔の形をしたお墓が多く見られました。
当時、お墓を建てることができたのは武士や僧侶など一部の人々が中心でした。
今のお墓の形が広まったのは江戸時代
現在の和型墓石の原型が広く普及したのは江戸時代中頃といわれています。
江戸時代になると檀家制度が整い、庶民もお墓を建てるようになりました。すると、それまで一部の階級だけのものだった墓石が一般の人々にも広がっていったのです。
また、戒名や没年月日を墓石に刻む習慣も江戸時代以降に一般化しました。
なぜ今の形になったの?
現在の和型墓石は、
- 一番上の竿石
- その下の台石
- 土台部分
という構造になっています。
地域や宗派によって解釈は異なりますが、「天・人・地」を表しているという考え方もあります。
長い歴史の中で形が整理され、現在のバランスの良いお墓の姿になったと考えられています。
最近はお墓も多様化している
近年では、
- 洋型墓石
- デザイン墓石
- 樹木葬
- 納骨堂
など、さまざまな供養の形が選ばれるようになっています。
特に洋型墓石は背が低く横長で、自由なデザインや文字を刻めることから人気が高まっています。
形は変わっても想いは変わらない
お墓の形は時代によって変化してきました。
五輪塔が主流だった時代もあれば、和型墓石が広まった時代もあります。
そして現在では、樹木葬や納骨堂など新しい供養の形も増えています。
しかし、どの時代にも共通しているのは、ご先祖様や故人を大切に想う気持ちです。
お墓の形が変わっても、その想いはこれからも受け継がれていくことでしょう。
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